真昼の陽炎が見せた幻かと思った。
強い陽射しに目が眩み、そろりと開けた視線の先にそれはいた。
真っ白い猫。
否、長い尾の先だけ、墨を刷いたように黒い。
車も通らない路地の真ん中にぽつんと、腰を据えて尾を揺らしている。
首輪はないが、遠目にもきらきらと陽射しを反射する美しい毛並みから見て、きっとどこかの家猫が迷い込んだのだろう。
「・・・帰る家があるんやったら、はよ帰れよ」
つい口をついて出た、己の言葉に苦笑する。
猫に言うたって分かるわけないやろ。
ふわり
「っ!?」
突然のぬくもり。
驚いて見下ろせば、ついさっき向こうへ居た真っ白い毛玉が足に擦り寄っていた。
「うわわ、スーツに毛ぇついてまうやんか」
俺の声にも動じず足元へ佇む白猫は、本当に美しい容姿をしていた。
小さな白い頭、瞳は淡い金色、薄いピンクの濡れた鼻。
恐る恐る下ろした指先が僅か撫でた背は、思った通りの滑らかさを指先に残した。
猫はそのまま足元をすり抜け、黒い尾先を揺らして路地の奥へと消えていった。
あまりに突然の出会いと触れ合いに、オレは暫くそこへ立ち竦んでいた。
ホールへ入った途端、奥から盛大なくしゃみが聞こえた。
敏感すぎるやろと思ったが、体質なのだから仕様がない。
下駄箱へ引っ掛けているブラシを取ると、今一度屋外へ足早に戻った。
「お前、猫に触ったんか」
目と鼻先をぐずぐず赤くさせたマックが、恨みがましい声でオレをなじる。
「ちゃうよ。猫の方が勝手にオレんとこきたんやもん」
「一緒やそんなん」
服にブラシかけたし風呂入ったのになぁと独り言ちるが、マックは再び音を立ててティッシュで鼻をかんだ。
「せやけど、えらい綺麗な猫やったよ」
「ふぅん」
面白くなさそうに唇を尖らせるマックの頭に指を伸ばしてそっと黒髪を梳けば、小さく息を吐いて、涙に濡れた目をとろりと閉じた。
「ごめん、もう触ったりせぇへんから」
「ん・・・」
(あの猫が、まるでお前みたいだったからなんて言うたら、お前は怒るだろうか)