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爪弾く6弦、音に震えるボディを抱え、頭の中を巡るメロディをただただ追い掛ける。
目を閉じ、鼻歌を歌っていたところで楽屋の扉が押し開かれた。
現れた顔にくしゃりと笑いかける。
「ヨコちょおつかれさまぁ」
「外まで音聞こえとるぞ、ヤス」
「あ、ごめんごめん」
左手で弦を軽く押さえ、ミュートにする。
ソファに座り直して音を追う作業に戻るも、視線に気が付いて顔を上げた。
反対側のソファに座ってハードカバーを手にしたヨコちょは、本を開くことなく手に持ったまま、ぼうっと俺のことを見ていた。メイクをする前で、黒縁メガネ越しの瞳は少しだけ眠たげだ。
「何?」
「いや・・・ヤスってほんま音楽の才能持ってるんやなって」
「そんなことないよぉ」
「そんなことあるわ。罰ゲームん時、ヤスの凄さが改めて分かったわ」
よもやあんな名曲になるとは想定していなかった――あとからスタッフの人らにそう言うてもらえてすごく嬉しかったけど、それは4人で作ったからや。
「すばるもすごいし、大倉もすごいし・・・俺何もできひんかった」
そんなことないって言おうとした時、ヨコちょが突然痛っと声を上げた。
「どしたん?」
「爪はがれた」
「えぇ?」
慌ててギターを脇に置いてヨコちょの隣に行けば、形良い爪が一枚、先っぽが浮いてしまっていた。
「どうしてん、これ」
「親指でぎゅってやったら取れた。俺、爪薄いからな」
「あかんやん。血ぃ出てない?」
ヨコちょの白い指を取り上げ、ばんそこばんそことポケットを探っていると、不意にヨコちょの指が俺の手を握ってきた。
「ちょ待て。ヤスの指って、こない硬いん!?」
白い指が俺の短い指の腹をなぞって、うわぁと子供のような声を出す。
お前の方こそ痛そうだと、口より雄弁な目へにっこり笑う。
「ギター弾きやもん。自然とこうなるよ」
ようやく探し当てた絆創膏を痛々しい指先を守るように貼り、ヨコちょの手を解放する。
俺のとは比べ物にならないやらかい指。女の子の指とも違う、綺麗な綺麗な指。
その指が、緊張に震えながらも全く新しい音の道を切り開いたことを、俺たちは知っている。
自分やったらどうやろう?
完成された構成を打ち破って、新しい場所、真っ白い道へ自ら進んで足を踏み出せるやろうか。
「ヨコちょのトランペット、また聞きたいな」
「なんやねん、突然」
「突然ちゃうよ、俺いっつもそう思ってるもん」
滴り落ちる汗も拭わず、金に光る楽器に全力でぶつかる姿は誰よりもかっこよかった。
体を寄せ合って歌うことはこれまでもあったけど、背中合わせの立ち位置で、鼓動と体温を身体全体に感じて互いに楽器を演奏するなんて初めてで、あとで映像を見返しても笑ってしまうくらい、俺はめっちゃ気持ちようてたまらへん!って顔をしていた。
ギターを、音楽やってて良かったって、心底思うたんやで。
「大倉も言うてたけど、皆でセッションやりたいなぁ。やりたいこといっぱいやねん」
「せやからお前ら最初っからハードル高いんやて」
「えー、ヨコちょやったら出来るって!また一緒に演ってくれるやろ?」
「やるわ、やるけどペット難しいんやから!」
「ほんなら皆でがんばろーや、な!」
離した手をもう一度繋ぐ。
今度は俺も、ぎゅっと力を込めた。
へへ、と笑えば、呆れたような、やさしい表情で微笑ってくれた。
はにかんだ笑顔は本当にかわいい。言ったら怒るから言わへんけど。
ヨコちょがいてくれるから、生まれる音楽がある。
ヨコちょとだから、作り出したい音楽がある。
――ああ、今やったらええ曲出来そう
(Happy Birthday to YOU)