人の目にこれだけ圧力があるなんて知らなかった
散々っぱら署内で笑い者にされ、片っ端から向かった名前も思い出せない研究所、怪しげな、っていうか完璧怪しい出版社、プライドばかり高くて全く使えない大学教授、本当に全部ハズレだった。
苛立たしさを紛らわせようと踏み鳴らした足元は、低いヒールのせいで期待した音も鳴らない。
――どれもこれも、あの変人のせいっっ
それでも今、最善で最悪、最後の頼みの綱は、あの男だけ
向かった研究室はもぬけの殻で、居合わせた学生に聞けば共通教養講義中だという。
ふぅん・・・あんな変人の講義でも、聞きたがる学生がいるのね
そうして辿り着いた階段教室の光景に、呆れて物も言えなくなった
立ち見が出るほどの人出、仮にも自分が卒業した大学の講義であるはずなのに、しかし真面目にホワイトボードを書き写す学生は一人もいない。
スマホをかざしては白衣を翻す背ばかり追って、友人たちとさざめき合っている。
そして件の男は学生の興味関心にすら無関心で、澱みない解説を滔々と続けている。
なんじゃこれ・・・
私の研究室での苦労も、傍からみたらこれと同じなのかしら・・・
そう思うと、更なる苛立ちに頬が引き攣った。
途切れることなく教室に響いていた声が、ふと止まった。
あれ、と思って上げた目が、眼鏡の奥で微動だにしない瞳に捉えられたことに気付いた。
げっ・・・
「僕とはもう二度と会わないんじゃなかったのか?」
マイクでそんなこと言うな!と思ったが時既に遅し。
一斉に私へ向かってきた視線の重さと鋭さに、被疑者を前にしても震えないと豪語している背筋に文字通りの冷や汗が伝った。
(僕の講義を聞きにきたのか?)
(んなわけないでしょ、とっくの昔に私は卒業してんですから!)