くしくも12月24日は雪になった。
寒風が道行く人々の足元を容赦なく吹き抜けてゆくが、すれ違う人は皆、時節に華を添える儚い雪に頬を緩ませていた。
足を止め、緩く巻いたマフラーから顔を上げる。
見上げる高層ビルに、人の気配はない。分かっていて、やってきた。
この時期に移動する目的は大きく分けて3つになる。仕事、観光、そして帰省。
そのどれにも当て嵌まらない場合は、何と称すればいいのだろうか。
一時帰国に利用した機内は、大小問わずプレゼントの山を抱えた幸せそうな顔で溢れていた。
厚手のコートと小さなキャリーバッグ。荷物は、それだけ。
白い息を散らして、目を閉じる。
地下の備品倉庫へ足繁く通う人がいたのは、たった数ヶ月の間だった。
仕事の依頼でも経過報告でもなく甘い手土産片手にドアを開ける人は、しかし倉庫内で暇を持て余していたようで、入手当日にあっさり解錠して片隅へ積んでいた南京錠を手に取り、何故か右手指を顔の真横で摺り合わせながらナンバーを合わせようと奮闘していた。
3ナンバーを合わせるとピンが開く、最もオーソドックスで、防犯性の低い錠だ。
破るには1分もかからない物だが、あまりに真剣な顔で錠に向かう生真面目な人に、それを伝えるほど残酷にはなれなくて。
カ、キンッ――
「ふえ――?あっ開いた!榎本さん開きました!」
向かいに座る人が遂に歓喜の声を上げたのは、錠と向かい合ってかれこれ3時間後だった。
すごい、本当に開くんですね、私、錠を自力で破ったの生まれて初めてです!
額に汗まで浮かべ、掌に収まる大きさの錠をきらきらした目で眺める表情に目を奪われて
「よければ差し上げますよ」
「え、何をですか?」
つい、口の端に乗せてしまったのだ
「青砥さんが開けた――僕の錠です」
閉じていた目を開ける。
既にすべてを引き払う手筈を整えていた。
それなのに、彼女の手に己を想起させる物を残してしまった。
己の感情が分からないという経験は、後にも先にもない。
ただ、不意の譲渡に大きな瞳を一層大きくして後、花が綻ぶように笑った顔を見て、後悔の念はなかった
コートの中で震えるスマートフォンを取り出す。
液晶画面を一瞥し、もう一度ビルを見上げる。
航空障害灯の点滅する高層ビルは、来た時と変わらず沈黙を守っている。
雪はいつしか姿を消し、黒い空にはくっきりと浮かんだ月。
踵を返した小柄な影は、音もなく夜に溶けていった。