「人の心を撃ち抜くのは、銃弾ではありません。誰よりもつよい想い――言うなれば、願いなのです」
穏やかな声。この人の口調が変わることなど、只の一度もない。
「心を絡めとるのも願い。強すぎればそれは欲になり、人の心を惑わせます。欲深き心を仏の道へと導くことが、仏道に帰依する者の役割なのですよ」
手には般若湯の注がれた猪口、縁側には紫煙をくゆらせる煙草を置いた師匠に怪訝な視線を送ると、ああ、檀家さんたちには内緒ですよ江流――子供のように微笑まれると、どうしていいのか分からなくなる。
普段檀家が集まったとしても、先刻のような説教を行うことは皆無だ。茶菓子を持ち寄り、話し込む檀家を眺めては微笑っているだけなのだから。
「師匠の願いは何ですか」
「わたしの願いですか?」
ひどく珍しいものでも見るように楽しそうな顔で見つめられ、思わず顔をあさっての方向に向ける。何か可笑しい質問だったろうか。
「願いはねぇ、ないんですよ」
「はい?」
「それがもうこれっぽっちも。困ったことです」
眉間に皺を寄せてはいるが、目が微笑っているので説得力は欠片もない。
「ああ、一つありましたねぇ」
「何ですか」
「――明日も、よいお天気でありますように」
あっけにとられて、その後笑いがこみあげてきて、見ると師匠も声を殺して微笑っている。
「悪ふざけはおやめください」
「江流の驚いた顔が、あまりにかわいいものですから」
呆れた顔でねめつけても効果はないと知りながら、それでもこぼれるため息は本日何度目だろうか――本当に、このお人らしい。
「江流の願いは、何ですか?」
そこで俺の記憶から音が消える
口を動かしたことは覚えているのに、己の発した音が抜け落ちている
あのとき、俺は師匠に何を言ったのだろう
しかしそれを今更知りたいとは思わない
あなたを守りたいという、唯一無二の願いさえ遂げられなかった今の俺に、願いなど分不相応だ
ただ、縁側に二人向かい合った師匠が目を細めて微笑ってくれた事だけを、覚えている
哀しいほど、鮮烈に