「タケシぃ!」
閉じていた目を開け、額に置いた雑誌を退けると、いたずらっぽく俺を見下ろす二組の瞳とぶつかった。
「ガッコ終わった!野球しよーぜ!!」
返答する暇もなく、二人のやんちゃボウズはあっという間に丘を駆け下り、俺が停めていた自転車に二人乗りして行ってしまった。
「今日はオレがピッチャーだかんねー!」
「早くこねーと外野にまわすぞー?」
声変わりをしていない少年たちの声が遠くなるのを感じながら、寝転んでいた草地から腰を上げた。
「あっ、おせーぞぉタケシ!」
「お前が自転車取らなかったらすぐ来れたんだけどな」
「細かいこと気にしてたらハゲるぜっ」
きゃらきゃら笑う洋介の頭を軽くはたき、渡されたグローブを着けて守備位置へ向かった。
数年前に更地にされたこの場所は、管理をまともに行われる気配もなく、今やボウズどもの格好の遊び場になっている。
――つい20年前には、猫の子一匹近寄ることも許されない場所であったのに
「行ったぞー!走れぇ!!!」
「バックホームっっ」
勢い良く跳ねる白球を捌き、キャッチャーへと返球すれば歓声が上がる。ボールを投げた反動で宙に浮いた右足をゆっくり下ろすと、僅かにソケットのきしむ音がした。
笑い声をあげることすら出来なかった子供時代。大人の事情とやらに振り回されて、明るい時分であっても外で遊ぶことすらままならなかった。そうして親に黙って友人と遊びに出た先で、右下腿部と友人を永遠に失った。
「ナイス返球!タケシやっぱ肩つえー」
「お前らには老体を労わるって心がけはないのか?」
「あるじゃん。オレらほどやさしい子たちもいないだろー?」
「あーはいはい、聞いた俺がバカでした」
俺たちが味わった惨劇も屈辱も一切起こらなかったことにするのが上の方針らしく、後に生まれた子供たちは教科書の片隅にも書かれない当時を知ることはない。知っていたとしても、ほんの数行でまとめられる程度なのだろう。
それではいけないと思う自分と、それでいいと思う自分がいる。
知らなくていいことなどこの世には数え切れないほどある。今遊び回っているこの場所に、ほんの20年前には俺の体と友人を奪った兵器工場が稼働していたことを彼らに教える必要がないように。俺の足は交通事故で失ったのだと信じていればいい。
「来週さ、隣区のやつらと試合することになってんだけど、監督として来てくんないかなぁ」
断られることなど想像だにしていない笑顔にひとつ嘆息すると、承諾の意を示した。
「弁当くらいは出せよ」
「えーっ!ガキにたかんなよー!」
俺が過ごせなかった時代を無邪気に生きているお前らがひどく羨ましく、眩しく――だからこそ安堵する。
お前らが少しでも暗闇を背負うことのないようにするのは、俺たちの仕事で、責任だから。