「はぴあにばーさりー!」
ぱんっ
巨大なドアを開けた僕を迎えたのは、どこか懐かしさを覚える安っぽい火薬の匂いと、床中に撒き散らかされた紙縒りと、満面に笑顔をたたえた玖渚友だった。
「おめでたいんだよ、いーちゃん」
床にぺたんと座り、いつもと変わらず真っ白な服に包まれたぼくの友人――と呼べる唯一の人間である玖渚が、笑いながらぼくを見上げた。
寝入りばなケータイで叩き起こされ、呼ばれたマンションに入るなりクラッカーの嵐をくらわされたこちら側とすれば、普通の神経では一言二言言うべきところなのだろうが、あいにく普通の神経ではこの玖渚友の相手はしていられない。
それに、ケータイごしに聞こえる玖渚のいつもの二割、いや五割増しのハイ・テンションな声から、何となしに予想と覚悟はしてきていた。
……まあ、そんなぼくもこんな愉快な事態になるとは予想していなかったのだけど。
「だから何がめでたいっていうんだ?」
とりあえずぼくは部屋に入って玖渚の斜め前に腰を下ろした。
しばらく来ないうちに玖渚の部屋(と呼ぶにはあまりに巨大な空間)は、生物並みの勢いで成長した無機物なコード類に空白のすべてを明け渡していた。
どうせ玖渚一人しか使わない家なのだから、ぼくがどうこういう筋合いもないのだけれど、あまり居心地のよい場所とは言いがたい。
では自分の骨董アパートが居心地が良いのかと聞かれると、それはそれで返答に困る。
「……戯言だな」
「それでねいーちゃん」
玖渚はぼくの戯言などには構わず、トレードマークの群青色の髪を揺らしてぼくに手を伸べた。
「今日で僕様ちゃんといーちゃんが出会って丸々5年なのだ!」
いぇいぶいぶい!
そう言って子供のように手足をばたつかせる玖渚は、出会った5年前から何一つ変わっていない。
しかし――
5年。
もう、5年が経ったのか。
5年も、経ってしまった。
黙りこくったぼくを見て、玖渚は幼い頬をぷくっと膨らませた。
「だーかーらー。あのことを気にしてるのはいーちゃんだけなんだってば。僕様ちゃんはいーちゃんへの大いなる愛ですべてを包み込んでるからさっ」
にゃはは、と暢気に陽気に笑う玖渚に、ぼくは得意の戯言も浮かばない。
「いーちゃんは、僕様ちゃんと出会えて嬉しくないの?」
「嬉しいに決まってるだろ」
それは本音だ。玖渚に会えたことは、本当に嬉しいことだ。
「そーだよねー。僕様ちゃんも、いーちゃんに会えて嬉しかったよ」
しかし
幼い口調。
幼い笑顔。
変わらない。
何もかも、同じ。
彼女をそうさせたのは――ぼくだ。
「へへー。いーちゃん、好きっ」
ぼくの腰に抱きつく玖渚の小さな身体を、ぼくはしっかり受け止めた。
「これからも僕様ちゃんといてね」
「僕様ちゃんのいーちゃんでいてね」
「いーちゃんは変わらないからね」
「いーちゃんは変えられないからね」
無邪気に笑う玖渚にぼくの内側が見られないように
真っ青で真っ白な彼女に、何も感づかれないように
すべてを覚え忘れない天才に見透かされないように
「ああ、ぼくも好きだよ、友」
ぼくは、笑わなかった
変わらないぼくたちの関係を
いつかぼくは、壊してみたい。
いつかのように。
いつものように。