何故を繰り返し、わたしはわたしひとりに戻ってくる。
今、私は先日知り合ったばかりの男性と会社帰りに道を歩いている。
話しかけられるから、それに相槌を打って、歩いている。
えらく楽しそうだから、私も笑っている。
私を見下ろす目が、少しずつ色を変えてゆく。
と、道路向かいを歩く人に気が付き、思わず、声をあげた。
「あっ、御幸さん!」
私の声に振り返ったのは、身長180は軽く超えるすらりとした男前だ。
道路を渡り、駆け寄った私の姿を留めにこりと会釈してくれた。
「お、美沙紀ちゃん。こんなところで会うなんて珍しいね。仕事帰り?」
「はい!御幸さんはこれからお店ですか?」
「うん。今夜のコースで出す食材が入ってきたって連絡あったから――」
「わああ、なになに?」
ビニール袋を覗き込もうとすると、御幸さんが声をあげて笑う。
「そんなにがっつくなって。何なら今からおいでよ、魚うまいの出すからさ」
「えー!行きます行きます!!」
「了解。――あの人と来る?」
御幸さんがちらと視線を反対車線の歩道へ向けた。
あ、しまった。
「あ、んと……ちょっと聞いてきます」
「それじゃあ、7時頃に予約入れとくから。またね、美沙紀ちゃん」
「はい!じゃあまた後で」
慌てて走って戻った私は、すでに手遅れであることに気が付いた。
相手は私の目も見ずに、嫌そうな顔を隠そうともしない。
結局、御幸さんは先日二人目のお子さんが生まれて相好を崩している愛妻家のイタリアンシェフであることを説明する間もないまま、わたしはその人と別れて。
おいしいイタリアンに舌鼓を打った後、いつものバーカウンターに突っ伏していた。
「マスター……私は一体何がいけないのかな」
「それはお前が一番よく分かってんだろうに」
澄ました顔でカクテルグラスを磨く髭面を恨めしげに睨み付ける。
「わかんないよ、そんなの」
「お前はな、絶対に自分に害を与えない男としか、まともにコミュニケーションを取らない。
それこそ、子持ちかパートナー持ちか――俺みたいな店の人間としか」
「そう……かな……」
「相手が恋愛感情に類似する気配を出した途端に逃げるだろう?」
ぐうの音も出ない。
「男が怖いのか?分からんでもないがな――それとも――他に何か理由があるのか」
影がチラつく。
振り解けない、ただひとつの――
「――ないよ。理由なんて」
あの日伸ばされた、あれ程望んだはずの彼の手を私はぞんざいに振りほどいた。
急激に褪めてゆく自分を、他人事のように感じながら。
"――わたしはあなたのものになんかならない"
まるでゲームのように過ごした日々。
あらゆる手段を講じて――無邪気で卑怯な言葉と態度で振り回した
恋でも愛でもなく、ただ彼の"特別"になりたかっただけ
握り締めた手の平に食い込む爪の痛みと――
一瞥された、冷たい瞳が頭から離れない
「私に人を好きになったり、好かれたりする資格なんてないのよ……」
「お前と人は違うだろ」
「…マスター当たり前過ぎてつまんないよ」
指で弄んでいたタンブラーをマスターに取り上げられる。
「その当たり前をきちんと考えてんのか?」
「え」
「傷付いてんのが自分だけだなんて――思い上がりだ」
それっきり、マスターは口を閉ざした。
カウンターの上に空のグラスを7つ8つと重ね
「……だめだ、わかんないし。」
いよいよ頭を抱えた私に、新しいグラスが差し出された。
「分かるようになるさ。その気があればな」
「何の気?」
「自分と向かい合う気――さ。ほれ、さっさと二人で帰れ」
「え?」
マスターの言葉に振り返るとさっき別れたはずのひとが
ひどく所在なさそうに立っていて
素直に謝ってみようかと、
はじめて思った。